2011年6月18日土曜日

ダーダ・ハリの井戸を鑑賞する


すこぶる体調がよくなったので、例の井戸を見に行く事にした。

歩いては周れないので、よし!リキシャを使おう!
 駅前にたくさんリキシャがいるので、あまりウサンクサくないオヤジを選んで指名した


基本的に料金は事前に交渉すべきだ。決めておかないと降りる時におもいっきりふっかけられる。最初に決めててもしょっちゅう揉めるんだけど、、、決めとくに超した事はない。特に「いくらだ?」って聞いた時に「As You Like(あんたの好きな様に)」と言われれば要注意!!


オヤジは「ここはどうだ?」「あそこもいいぞ!」って提案してくる。まあ、定番ですね。
麻呂みたいに「良いようにせい」とは絶対に言ってはいけない。後でとんでもない事になる。


井戸に行きたいんだけど、井戸ってなんて言うんかな?オヤジに「井戸井戸」と言ってみる。
アイ、ディー、オー、I,D,O。い、ど
するとオヤジは「オー、Here Is INDO」と返す。

違う違う。」と言いながら、バケツで水を汲むジェスチャーをしてみる。
オヤジは分かってるのにニヤニヤしながら分からないフリをする。「もう、分かってんだろ」と思いながらジェスチャーを続ける。

なんとか話成立!井戸へゴー

インド人運転うまい。当たりそうでギリギリ当たらん。人を轢きそうになると「どけっっ!!」と叱責する。逆に信号守って安全運転のインド人がいたら、それはインド人ではない。


しばらくして井戸へ到着した。

なるほど、これが。

なかなか立派な井戸。ずっと地下に続いてて、全体をおしゃれな柱が支えてる。下まで行くとさすがに暗い。時々コウモリ?が「ギャー」って出てくる。
このまま失踪してタクシー代払わないっていうのも、、」などと考えるけど、しない。オヤジが上からずっとこっち見てるから

戻ると、「どうだった?」と聞いて来たから、「うん」と答える。

その後、寺とか地元で有名なとこを周った。 記憶が風化してて、そのへんはあんま覚えてない。


で、料金精算するとき、やっぱり揉めた。 「これだけ周ったし、俺はいい運転をしたからもっと払え!」ってさ。定番。 そのとき僕は体調が回復して機嫌良かったのと、このオヤジ結構好きだったので、言い分を払ってやった。最初に決めてた料金とそんな変わらんかったし。


オヤジとはガッチリ握手して別れた

アーメダバードへ


残りの2人とも別れ、僕はアーメダバードへ行く事にした。東に200kmぐらいかな?鉄道のスピードは遅いので、寝台で行く事にした。

インドの鉄道は数時間から半日は普通に出発が遅れるけど、今回はすんなり出発した。
寝台は上から3列あって、自分は一番上だった。僕は背が高いので、身をかがめて、持って来た寝袋にもぐりこむ。 下でオヤジが携帯でなにやらわめいてる
なかなか寝付けんかった
列車の『ガーッ』って燃費悪そうな轟音が最初は慣れなかったけど、徐々に心地よくなってきて、寝た。


アーマダバード到着!

夜中だったので、宿の客引きも油断していたのか、あまり寄って来なかった。
駅周辺を適当に歩く。 マニアックな地域なのか、ガイドブックでもここは1ページしか紹介されてない。

地球の歩き方の説明文を見ると、『この街には中心に彫刻が施された、立派な井戸があります』と書いてる。あと挿絵が入ってる。以上。こんだけ。


ここで役に立つのが、最強のガイドブック『ロンリープラネット』です。旅人の間で交わされる会話の『ロンプラ』とはこのことです。

マニアックな情報が満載!!宿情報はもちろん、『どこどこのオヤジは気前いい!』や、『裏技的な買い物』『最安での移動法』など、かゆい所に手が届く、むしろ 掻きすぎて血が出るくらいの充実っぷり!

アーマダバードのページをパラリとめくる!
そこで紹介されてる近くの宿へチェックイン!

 受付のオヤジが寝てるのでゆり起こす
オヤジは「ん、、ああ、客か、、、」といった風に「空いてるから適当に入んな」と言った。

アーマダバードは田舎なんだろうか?ムンバイよりもテンションが大分ローな気がする
空いてる部屋を見つけて入る。 簡易ベッド1つに、窓は鉄格子、そんだけのスタンダードな宿だった。確か宿代は100ルピーで、『ガイドブックを見て来た』と言うと10ルピー安くなった。

この頃僕の体調は最悪で、頭痛と吐き気と熱と下痢がひどくなって、ずっと横になってたんだけど、一向に改善しない。バファリンの愛情パワーを使っても、正露丸でも全く効かない。 
特に万能薬と思っていた正露丸でさえ効果無しなのがショックだった。子供の時から、歯が痛い時も、頭痛も、関節痛もぜーんぶ治して来たのに・・・。

下痢で脱水症状になるといけないので、持ってきたアクエリアスの粉末を溶かして飲む。
時々、気分悪さがひどくなって、共同のシャワールーム行って思いっきり吐く、、、いろんなもんが出た。朝食ったナンとかサモサとかヨーグルトが出た。 精神的にも参って来て、なんでか『さよならニッポン・・・』ってわけ分からん一文が頭に浮かんだり。

その時アウランガーバードで買った薬を思い出した。宿屋のニーチャンに『インドでかかった病気はインドの薬でしか治せない』と言われて、雑貨屋で一応買ってたんだっけ、、、
早速服用してみる。 最初は何もおこらなかったけど、1日過ぎる頃には少し良くなって来た。徐々に熱が引いて行く感じがする。 やばい。効く!すごい!なんや!スカッッッッ!!
2日目には全快した! なんで?!成分はなんや!うおっっ!

持参した日本の薬を1週間飲んでも全然治らんかったのに、、、、やっぱ『現地に従え』ってことね。

ムンバイとその博物館について


パーティのメンバーはそれぞれ行き先が違う。1人旅のほとんどの人はどこに行くかは決めてない人が多いけど、その時「行きたい!」と思ったとこに行きたい。


シンさんとはここで別れる事になった。「バラナシ行って、最終的には南下ってゴア行きたい」って言ってた気がする。

マジ世話になった。僕が体調崩して宿でずっと寝てた時に、代わりに買い物してくれてありがとう。バトルの基本を教えてくれてありがとう。

残りの3人はまたムンバイに戻る事にした。ムンバイの町並
戻って情報を集めて、今後のおおまかなプランをたてようと思った。

ムンバイ着いて、適当に宿決めて、メシ食ったり、色々雑用を済ます。


博物館見に行った。受付に『外国人200ルピー、インド人10ルピー』と書いた料金表があった。
鬱憤が溜まっているせいか、この『外国人200ルピー』を、削り取って『2ルピー』にして、受付に「だって2ルピーって書いてるぞ!通せこの野郎!!」とインド人式に闘おうか、などと考えた。
でもこの料金表、よく見ると『ただし学生は10ルピー』と書いてる。僕は学生だ。
受付に国際学生証を見せる。
10ルピーで普通に入れた

博物館の内容はあまり覚えていない。
やたら広くて、動物の剥製がたくさんあったのは覚えてる。 土偶やら、絵画がたくさんあったのも覚えてる。 しかし何がメインだったか覚えてない。
 興味がないなら行くべきではない

インド門を見に行く。 まだ改装が終わらないらしく、覆いが取れてない。 物売りが多い。人ぐらいの大きさの風船売るオヤジの声が響く。チャイ売りが「いらない」って言った30秒後にまた売りつけてくる。くつみがきとか、ヘナ屋とか、アクセサリ屋が密集してる。
インド門でチャイをすすりながら海を眺める。何に納得したのか『ふーん』って気持ちになった。

この時、なぜが「北に行こう」と思った。

タージマハル・ミニ


もう一つのタージマハル』を見に聞く事にした。 アーグラーにある世界遺産のアレではなく、タージマハルのミニバージョンがボンベイの近くにある。

ここの受付でまた揉めるんだけど、インドではとにかく揉めるんです。ルールブックで決まってるんです。1、2、3番は『まず揉めましょう』って書いてるんす。

タージマハルミニ(名前忘れた)の受付で金払います。1人2$(ドル払いオッケー)で、シンさんがまとめてみんなの分払ってくれたんす。jicaの女性なんか早い段階から「タージ♪タージ♬」って 待ちきれない様子だったんす。
そしたら、受付のオヤジが、『足りない』って言うんです。受け取った金の一部を足下にソッと隠して、「これだけしかもらってないぞ。残りを出せ。」という良くある手法です。
すぐ気付いたシンさんは「こいつ!ちょろまかしよった!」と声を上げた。


近くにいた人々がみんなこっちを向く。僕らも何事か?と顔を向ける。 受付はあくまでとぼける。受け取った金は全部集金箱に混ぜてしまって分からなくしてる。

僕らは「またか、、」とタメ息をつく。

僕が「パンチの2、3発で穏やかに済ませましょうか??」 というと、 シンさんは「やまちゃん、、、ここは俺に任せてくれ、、、」とおっしゃる。「どーすんだろ?」と見ていると、シンさんはいきなり 受付の窓ガラスを『バコーン!!』と叩き、「ざけんなてめぇ!コラァ!!」、とうなりをあげた。
周りにいた人たちは「な、なんや!?」と振り返り、この次に何が起こるかを険しい顔で伺っている。
連続技は止まらない。続いて「みえみえなんだよやんのかコラァ!!」とカウンターの下部にローを入れる。

、、、一同思わず『ブルッ』とする、、、

受付は、「こいつらから取るのは無理か、、チッ!」といった風に「通れ」と言った。

気を取り直して中へ入る。 やっとタージとご対面。現在改装中なのか、所々に鉄筋が組んであるというものの、シメントリーが美しく、来た甲斐があった。





サイズが小さいと言われているが、
本場タージマハルを見ていないので、そんなん分からん
ナイスショットを数枚撮り、満足して帰路につく。(ここも大幅カット)

2011年6月16日木曜日

アウランガーバード、あるいはエローラ遺跡


アウランガーバードへ行く事にした。
エローラ遺跡で世界的に有名な所である。例の3人の結束は今やかたい。


鉄道で行く事にした。というか移動はほぼ鉄道かバスなんだけど。

駅でチケット買う。クラスは、忘れた。。2等か3等やったと思う。安いやつ。
数百kmだから5、6時間で着くと思う。


列車が走り始めてちょっとしてから、まわりに人が群がって来た、、外国人が珍しいようだ。「どこへ行くんだ?」と聞いて来るから「エローラ」と答えると、みんな「グッド」と満足そうにうなずく。特にガキがまとわりついてくる。どっから来た?とか、メールアドレス教えて!とか、家族構成はなんだ?とかいろいろ聞いてくる、、、アウランガーバードへ向かう鉄道の中で



その中に、「目的地に着いたら宿を手配してやろう」という(自称)医者のイケメン兄貴がいて、いろいろ世話やいてくれた。



彼らはなかなか友好的で、カーストでも上位に位置するのか、金をせびってくるようなことは無かった。むしろ通路を行き来する食いもん売りからいろいろ買って食わしてくれた。干しぶどうとか木の実とか、揚げ物とか。結構ウマいのもあったが、全体的に、なんか香辛料が効いていた。ぶどうさえスパイス効いてるんだぜ、、、


iPodで曲を聞かせてみた。いろいろ聞いてみて、ガキは椎名林檎の「ギプス」が気に入ったようだった。『I 罠 be with you』のフレーズのとこで、「グッド!グッドソング!!」と連呼して来た。英語やから理解できたんやろうと思う。



しかしその後、ガキは曲よりもiPodに初期から入ってるミニゲームに夢中になった。



デジカメもやはり人気で、撮りまくりよる。
無理矢理席に割り込んで来てフテネをはじめるじじいツインズ。腹がたったので激写する。


子供達は「おれがベストなショットを撮ってやるから貸してみろ!」と言ってくるんだけれど、思いっきりブレとる。心ゆくまで撮らせて、まとめてデリートする。



そして、やはり金にも興味あるらしく、日本の金をぜひみせてほしい!!!!!!!と鼻息荒く言われた。トモさんは(よせばいいのに)千円札を見せていた。僕はコインを一通り見せ、そのあと一円玉を子供にあげたら、そのコインを巡って周囲のガキが押し寄せ、地獄絵図になった。。。



そうこうしているうちに、列車はアウランガーバードへ到着!



僕らの周りに客引き殺到。さっきの医者のナイスガイがその中からベストな宿を選んでくれて、宿のスタッフに「手厚くやったってくれ」的な事内容を現地語で伝えてくれた。



チェックイン、荷物を下ろす。

早速エローラ遺跡へ行くため、スタッフと交渉に入る。

遺跡までは結構遠く、車しか手段はない。「一人1000ルピーかかる」とスタッフは言う。
そこをすかさず3人で「200にしろ!」というと、スタッフの顔が引きつった、、、そして
350が限度だ!ラストプライス!!!吠えて来た

・・・いきなりラストプライスを繰り出すインド人は珍しい。通常は5回、6回と交渉を繰り返すんですけれども・・・よほど「200」の数字がカンにさわったんだろうか??勝負は一瞬で終わってしまい、350に決定した。



今回、仲間が1人加わりました。

jicaで、ネパールで日本語を教えており、休暇でインドに来ているとの事。小柄ですごい優しい女性なんですが、断るときはダンコ「NO!」を貫く心強い方です。一輪花咲いたス



満を持して遺跡へ向かう!



車窓にはずっと平原が広がる。これが「パンパ」ってやつか?それは南米やろ、、、デカン高原かな?? などと考えていると、検問所みたいなのがあって、ガードマンが通行料を払えと言って来た。ドライバーが『おまえら払って』と言ってくるけど、かたくなに「イヤダ」を連発してドライバーに払わせた。 当然だろ!全部込みで払ってんだからヨ!!



このあとガソリン入れたときも、また「払え」と言って来たけど、同様に返す。ダンコ払わない。
アウランガーバードの遺跡
遺跡にはまだ着かない。途中、砦みたいな所で小休止をとる。
なかなかイカしたとこで、頂上の景色はスバラシかった。

所々に猿がいるのもいとをかし。頂上はさらなり。
エローラ遺跡に行く前に満足度が満たされてしまいそうになる。

そこをセーブし、遺跡へ向かう。

そして到着!
思ったより大きい!!
壁に彫刻された動物とか、仏とか、腕が何本もある神とか、いかにもダンジョンっぽい。規模が大きいので、タクシーらしき乗り物が周遊してる。世界各国からの旅行者も多かった。

はっきり言う。自分は遺跡には興味がない。なのでここでの描写はカットする。

この遺跡巡りのときの記憶はなぜか曖昧である。だからこの日の描写も中身がウスい。遺跡の食堂で何かを食べたのは覚えているんだけど、、、なんだろ???





2011年6月15日水曜日

ボンベイ(ムンバイ)の町並み


街を散策することにした。

とりあえず街を見ようと、街のシステムを見ようじゃないかと


宿の窓から見える鳩の大群や、路上に寝転がってる人間らしきものは実は幻覚なんじゃなムンバイの鳩の大群いかと。確かめようじゃないかと。少々興奮気味で出かけたわけです。




街を一言で描写するなら、はっきり言う。

くさい。



ものすごいにおい。生ゴミが醗酵しつくしたような、様々な動物の排泄物が集合したような、独特なニオイ。
そこに大量の排気ガスを加え、バラックのスラム街が視覚に訴える。



これほどのカオティックは中々見た事が無い。安部公房風にいうと『社会のうめき』とでも形容しそうな勢い。




別にけなしているわけじゃない。見たままを述べている。
それにインド人は自分たちの事少しもかわいそうと思ってないと思う。彼ら超たくましい。いろんな意味で。
きっとムンバイくらいの都会だからスラムが目立って見えるに違いない。



街は車が鬼のように混んでる。信号はあるけど守るドライバーは一人も居ない。むしろ守ったらはよいけっ!!って怒られる
だから歩行者が道路を渡ろうとするには見計らって行くしかない。昔あった携帯ゲームの『川を流れる丸太に飛び乗って向こう岸へ渡れ!』みたいなイメージが一番ピッタリ来る。




街の中心でバザーかフェスティバルかをやっていたのでちょっと寄ってみる。
ステージが組んであって、上で若者がなんか踊ってる。ムンバイでのフェスティバル

隣にいたオヤジが、急に「ダッハッハ!」って笑って、僕のふとももをバンバン叩いて来た。「な、なんや?」と思ってたら、オヤジは真顔になって向こうへスタスタ歩いて行った
今でもあれはなんだったんだろうと思うが、きっと何かのムンバイローカルルールか『インディアン式のなにか』だったんだと思う。




街をもっと見てみる。

ぶらぶらしてたら、知らない間にインド人がパーティに加わってたほんとビックリした。3人で「WHO! WHO!」言うたら、日本語で「わたし、マイケルです」って。怪しい事この上ない
案の定、クスリを売りつけて来た買わんかったけど。




インドを含め、アジアでは簡単にクスリが手に入る。それ目的でアジアに行くバックパッカーも非常に多い。僕の周りにもたくさんいて、一日中部屋にこもって吸ってる奴とか、夜にシャワーで頭洗ってた奴が中々帰って来ず、僕が明け方にトイレに行った時、ちょっと風呂場をみたら、まだ頭洗ってたりとか。

実際経験者に話を聞いてみた事があった。

彼らはそれについて話をする時、「あれはええでー」と言わんばかりに自然と笑顔になる。
摂取したら、一日中笑いが止まらなかった、とか、吸った瞬間目の前のテーブルが50メートルぐらい一気に伸びた、とか、表現が異常にリアル。




ムンバイでは少なかったが、旅先では大麻に明け暮れる旅行者にたびたび出会った。

2011年6月14日火曜日

出発〜ランディング〜


大学生活最後のシメとして、インドに行く事にした。

なんでインドかというと、年明けのバラエティー番組でナイナイの岡村がインド行く企画をやってておもろそうだったからというのと、よくバックパッカーの間で言われる事として、旅の始まりはアメリカなどのベタな所から始まり、インドで終わると言われているからだ。

すぐに出発したかったから、飛行機チケットをネットで探してなんとか手に入れた。いつも使う航空会社は、直前の予約でもギリギリ取れるコリアン・エアーで、今回ももちろんそれ。行き先の空港は何かデリーはありきたりすぎて嫌だったので、インド一都会と言われるムンバイにした。


出発2〜3日前から準備始める。ネットでいろいろ旅行者のブログを見てみると、『インド人とはとにかくもめるので、示談交渉用にボールペンとかの小物をたくさん用意した方がええ』、と書いてたので、ダイソーで10本100円ボールペンとか、光る腕輪的な、一時的にその場を切り抜ける的なアイテムをちょいちょい買った。申し訳程度の南京錠を3つほど買ったけど、あんま意味ないやろうと思う、、、見た目ね。見た目の威圧感の為ね。





トイレットペーパーとか、服とかいろいろバックパックに詰めたら結構な重さに。背負って2キロ歩けるぐらいの重さが限度だと思う。それ以上移動するときはバスとか使うって決めてる。

ペットのタマに「当分帰らないから」と挨拶しておく。

まあいろいろ準備して、当日、関空へ。
今は1ルピー3円くらいかな?換金はめんどいからインドですることにした。



コリアンエアーだから韓国寄ってからインド向かう訳だけど、韓国に着いたとたん、インド人が「ドッ!」と乗り込んで来たぜ、、、来やがったな、、、、 めっちゃ乗って来たので飛行機内が黒くなったぞ





隣に紳士風のインド男性が座ってこっちをちらちら見てきよる。丁度ワタクシは「地球の歩き方」を読んでました。


どこ行くん?」と聞かれたから、「ムンバイ」と答える 。
インドは初めて?」と聞かれて、丁度僕の読んでいるガイドブックの所に「インドでは例え初めてでも、今回が初めてのインドだと言ってはいけません。初心者だと思って思いっきりせびられます、ゆすられます」と書いてあったので、「ノーノー、メニメニタイムアルヨ」と答える。





その後も会話は途切れず、いろいろ聞いて来た。「学生か?家族は?なんでインド行くん?」などなど。「オーイエー、Uh、Yarh」と適当に返す。

こっちもたくさん質問した。「ムンバイって物価チョー高いんだってね」と聞いたら、「そうでもないよ」と返す紳士。
インドは全体的に危ないって書いてるよ
「、、、そうでもないよ」
「ボンベイって人気ないのかな、
ガイドブックでムンバイのページ薄いよ
今日は晴れそうだ!!」。急に話題を変える紳士。





10時間ほどでインド到着。この時午前2時ぐらい。

入国審査でいきなりひっかかる。僕が青いボールペンで記入したのが良くなかったらしい。「黒で書いて」と言われる。
「黒持ってない、貸して」と言うと、「自分でなんとかせい!」と言われる。
近くにいたオヤジに「黒、貸してくれない?」というと、、、

なんと!プレゼントしてくれた! 

何だ、親切な人もいるじゃないか。『インド人は、基本的に利益にならない行動はしない』と聞いていた僕は衝撃を受けた


あの情報はなんだったのだろうか?僕は情報に踊らされていたのか

真偽を確かめるため、この国へ来た!外へ飛び出せ!いざ! 
関所をパスし、勇み足で空港から出ようとしたが、
空港前の道路の向こうで、大勢のタクシードライバーが何か叫びながら手招きしてくる、、、
言葉の端々を聞き取ると、「オイ!そこの奴!おれのタクシーに乗れ!」的なフレーズが聞こえる。



人数の異常な多さ、、、どうやらドライバー達は空港の中に入ってはいけないという決まりがあるらしかった。しかしこのままこの群衆の中に入って行くのは、猛獣の檻の中に踏み込むに等しいと思われる。
夜中2時にたくさんの人間に手招きされて、叫ばれると、なえる。 先ほどの勇ましい気持ちはどこへやら吹っ飛んだ。





、、あかんわ、、ちょっとキツいわこれ、、

夜明けまで待とうと思って、その場に座り込む。向こう側に叫ぶ群集を眺めながらゆっくり考える事にした。

しばらくすると、旅行者っぽい2人が向こうから来て「日本人ですか?」と聞いて来た。
この後1週間ぐらい一緒に行動した、シンさんとトモさんだった。

いやー、ムンバイは旅行者少ないね」
いやー、みんなデリーいくでしょ、ムンバイはこんなもんじゃないすか?」
いやー、、」

初対面、出会って3秒で団結しだす3人。1人旅では各地でいろんな旅行者とパーティ組んで行動するのも楽しみの1つだ。


とりあえず市内に行く事に。
空港のプリペイド式のタクシー窓口で金払って、タクシーに乗り込む。

 「近くの駅まで」と言うと、ドライバーが「駅までは1人200ルピーだ」と言ってくる。
ボケ、プリペイドやろが。もう払ったわ。はよ車出せ」
3人でドライバーの座席を蹴る
→するとドライバーは急に軟弱化した。弱気になって、「
おねがい、、なんかちょうだい、、」と言ってくる。
→3人で
ガムやあめをやる

そうこうしている内に駅に着いた。チャーチゲートという駅でムンバイ空港から一番近い駅だ

切符を買うため列に並ぶ。
窓口の脇に物乞いの女性が座ってて、列が前に進む旅に、1人1人のズボンのすそを引っ張って「
なんかおくれ」と言ってくる。すげえシステム誰も相手してなかったので僕も前に倣って何もしなかった。ちょっと可哀想な気がしたけど。

切符を買ってホームで電車(汽車?)を待ってると、電車が来た!
来た来た!なんだこれ!
貨物列車?!ん!なんだ!? 




向こうから人がいっぱいはみ出た乗り物がやって来た、、

イメージは東京の満員電車みたいなの。あの満員さでドア開けると人が飛び出しますよね?飛び出してるんすよ、いっぱい、、、、乗車率300%ぐらい、そのまま移動する。ムンバイの鉄道の混み具合




落ちない様に鉄棒が備わってるけど、捕まってないとほんと落ちる!!

何度か線路上の電信柱に頭カスった。チュンッ!!って、、

市内へ到着!
宿探し。

ガイドブックをパラリとめくる。「どこにすっかな、、」
宿の説明文を読んでみると、『1泊140ルピー!ベッドは100以上!トイレ、シャワー付き!』というのがあった。宿名は「SHIP」だったかな。ちょっと高いけどここにすることにした。

チェックインして室内入って2秒かたまった




「相部屋って書いてたし、ベッド100以上とも書いてたけど、まさか1つの部屋に100以上とは、、、」。宿泊者は全員インド人というボーナス付きだ!ムンバイの宿内の光景



一人だけ旅行者を見つけた。
いろいろ話を聞いてみると、もう国に帰るらしい。「どうでした?インド」と聞くと、
「全体的にヨカッタよ。
イロイロあったけど」と氏。
その場で
抗生物質や下痢止めの交換を行う。旅行者の間ではよくある光景である。サラリーマンの名刺交換とジャンルは同じ。基本だ!!





荷物を下ろし、メシを食いに行く事に。


店に入って適当に選ぶ。マサラドサとかチャパティとか食ったけど、最初はやっぱり腹があんま受け付けんかった。さすがインド、香辛料がものすごくて、『辛さにも色々あるんだぜ!』と言わんばかりの多種多様なスパイスのオンパレードだ。慣れてくるとウマく思えてくるらしいので、そうであれ、と祈る。この時食事をした時から段々気分が悪くなって来た、、





でも気にせず、インドでのインターネットの速度をチェックするため、そのままネット屋へ。

『ムンバイだから速いだろう!』と期待していたけど、案の定遅い遅い。。5分ぐらい待ってエラーとか出るとキーボード割りそうになる
メールとか軽いのだけにした方がいいわ。そこで知り合いに軽くメールする。


マクドがあったので寄ってみた。「牛肉なんだろうか?」と少し興味がわいたが、ちゃうかった。羊肉でしかもすげー高かった。通常のメシの5倍くらいした気がする。。
トモさんが(よせばいいのに)自分の財布に入ってた
日本のマクドのクーポンを店員に見せると、ちょっとした騒ぎになった。。みんな興味津々!最終的に店長まで出て来て、「おお!これは!!」とか言って持ってかれた。市民の熱気はすごかった

トモさんにダメ出ししながら、僕はそのあと映画を見に。やはりムンバイに来たのだから、ボリウッドを鑑賞せねばなるまい。
インド映画は日本でも『ムトゥ・踊るマハラジャ』を先頭に一時ブームになったし、歌や踊りでハッスル、盛り上げるよ!!的なイメージがあったので、少々楽しみにして映画館に入る。


入ったとたん、またかたまった
サムイ、、、心理的ではなく、身体的に寒い。クーラーがガンガン効いてる。異常な温度設定、、インドに来て、寒いってなによ、、、
ブツブツ言いながら小学校の時座った様な、低い木のバリカタなイスに座り、そうこうしてるうちにスクリーンに何か映った。
まずインド国旗が波打つシーンが映し出されて、国歌が『
ジャジャーン!!』と鳴り始めた!一斉に客が立ち上がり国歌斉唱。力強い歌声が映画館に響く。何事かと思い僕は周りを見回す。客の中には胸に手をあて、目を細めるオヤジもいる
僕は何がなんだか分からず、少々トリップしていたが、後ろから女の子が「立って!
ここは立つのよ!」と後ろから肩をパシパシ叩いて教えてくれた。一応立ち上がり、インドに忠誠を誓った。




映画の内容は、あんま覚えてない。空想癖の勉強できないダメ少年が、想像力働かせて見事な絵を描いたよ!!風の内容だったと思う。作品をみんなからワッショイワッショイ持ち上げられて嬉しそうな少年の顔が印象的だった。ヒンディーだかマラディーだかタミルだかスワヒリだか分からない言語だったが、この後1〜2ヶ月はインドにいる予定なのだから少しは覚えるべきだったと今になって思う。

最初の数日はこんな感じで過ぎて行った。